念ずれば通じる「東京オリンピック」開催!

 9月8日午前5時20分、IOC会長の「トウキョウ!」の一声で日本中が沸きに沸いた。
日本人一人ひとりが、さまざまな思いでこの朗報を手中にしたことだと思う。私その一人。気がつくと涙がこぼれていた。

 完璧なプレゼンテーションに感嘆しかり。猛特訓をしたとはいえ、超一流人のその姿は我々に多くの教訓を与えてくれた。
中でも日本人の「お・も・て・な・し」にはどっぷり共感。外国に行くと日本人の良さが痛烈にわかるが、56年ぶりにその姿を世界中の人たちに伝えることが出来るということは何と幸せなことか。

 「何としてでも仕事にしたい!」という委員たちのチームワーク。妃殿下も首相も選手もガッチリと戦略に向かって歩んでいた結果だ。日本という国家の「営業」を目のあたりにして、何事も中途半端な精神では成功しないとあらためて教えられた。

 早速、リベルタでも今朝のミーテイングは「プレゼンテーション」に切り替えた。
数日後に 公共性の高いプレゼンテーションが待っているからだった。担当のチームワークはバッチリ!。形になっている。
後は、社員のTさんの身ぶり、手振り、話し方にかかっている。

 参加した社員から大きな拍手が送られた。「頑張って!」か、「やったね!」か、「大丈夫その調子!」かわからないが、きっといい結果がついてくるだろう、そう思えて仕方ない。

第25期がスタートします。

8月、いよいよ カウントダウンが始まった。
今月は 決算期なので今期の総括と、来期の戦略を練る。社内は忙しい。目標と課題にどれくらい到達したかを顧みて 来期の考え方を示していく。3週間にわたって。かなりの長い方針発表会が続いているが、分厚い25期の経営計画書が出来上がりつつあるのがうれしい。。

中・長期ビジョンと25期の施策。 会社の大きな目標は 「地域密着の視点で築く未来」。

1、そのためには幸せな暮らしづくりの先頭に立つこと。
   先頭に立っていくには
    〇 生活者の視点で見る・聞く・考えること
    〇 地域活動の担い手となること
    〇 人を動かす活動・仕事づくりをすること

   取り組むべき課題は
    〇 自分自身が幸せになること→世のため人のために生きられること
    〇 会社が幸せであること→経営者の責任・社員の誇りと喜び・事業の成長発展に
      取り組むこと
    〇 質の高い媒体づくり
    〇 関連事業の構築をしていくこと
を示した。
 この路線は 今までもやってきたことであるが、25期を皮切りにさらに原点回帰して
歩んでいきたいと思っている次第である。

父がリベルタに帰ってきてくれました

 8月8日は父の命日。先日は3年目の法事を行った。泣きぬれて泣きぬれてから、早いものである。
 93年間も生きてくれてあり難い。多くの人にそれなりの想いを残してくれた父。私と私の会社への想いもそれはそれは相当なものだった。
 会社を作ることを話した時「ウーン、そうか。やってみろ!」困惑していた表情は忘れられない。肩をポーンと押してくれた。勇気百倍、そして開設。25年前のことである。

 父が亡くなった暑い夏はセミが鳴いていてあの日実家の玄関に現れてくれ、それ以来セミは父と思えてきた。
昨日、実家の長男の妻から「セミが窓で鳴いているのよ。おじいちゃんよ!」と。写真に思わず収めたという。

 きょう8月10日(土)、用事があり会社に来た。
玄関にはセミが。あおむけで私を待っていてくれた。ここ、大和市鶴間のあまり木々がないところではほとんどセミの鳴き声はきいたことはない。それが・・・。「父だ!」。そっと手に取ったところビビッと鳴いてくれフェンスに止まってくれた。

 私もシャッターを。父が帰ってきてくれた。すごいことが起こるものである。父に見守られている幸せとこの感動を胸に、9月から始まる第25期に向けて 全スタッフと共に新しい仕事に前進全霊で向かいたいと思っている。

あいさつが出来ない!当惑することしかり。

 外注さんが来社した。
入室するときに「お早うございます」と入ってきたが、スタッフとの打ち合わせは私の真後ろ。
背中にその声は聞こえているが、オーナーである私には一向に挨拶をしない。どうしたものか??。

 確かに私の机は後姿であるが、振り向くこともできず、挨拶がないまま時間が経過した。結局は個人的に挨拶をしないまま彼は帰っていった。不快極まりないが、よその人だから我慢をすることにした。
 最近は挨拶が出来ない人が増えている。わかっていても挨拶をしない。ウチの社員もいろいろだ。私の所へきて「おはようございます」と言える人。すれ違っても言えない人がいる。なぜだろう?・・。

 こんなこともあったっけ。
お詫びにきた外注取引会社の代表Aさん。キチンと仕事ができず何度もお詫びに来る。その都度”手ぶら”。
若い彼は堂々と詫びるが、心がない。ある日、思いっきり言ってみた。「心があるなら形で表してほしい。
世の中の常識だ」と。その後彼は お詫びのたびに「形」を持って現れるようになってきた。言いにくかったが、これからの人である。誰かが言ってあげる必要を痛感した。

 人は生まれた時から教育を受けないと「人」になれない。母親から「挨拶は?」と言われて育った。幼稚園から大学に至るまで教育は延々と続く。社内教育は生涯教育であり、組織で育てられた人はそれなりに身につくが、果たして挨拶する「心」は育っているだろうか。心にない口先だけの挨拶もあり、人には響かないがやはり、訓練を続けなければいけないのだろう。

 新卒の面接が続いている。彼らは見事なあいさつ振り。真から身につけてほしい。一生の徳になるから。

おめでたい30周年、送った花はまっ白でした。

 大和市内のレクレーショングループ「大和るんるんクラブ」が設立されて30周年が経ち昨日、式典と祝宴があり参加をさせていただいた。会長の小泉八重子さんとはフリーペーパーに携わった28年前に取材をさせていただいたのがご縁で今でも何やかやとお世話になっている親友の一人である。

 30年前に、多くのインドシナ難民が日本にたどり着き、定住したのが九州の佐世保市と神奈川の大和市など3か所の施設。「大和難民定住促進センター」が開所され、小泉さんたちるんるんクラブのメンバーは小学校の体育館でレクレーションをし、子どもや大人たちを緊張感から解き放してやっていた。夜の会場にはキラキラと光るまなざしの子どもたちとるんるんクラブの取材に若き私は走っていた。

 さて、あれから30年。おめでとうの会場に大きな花束を花やさんに頼みお届けさせていただいたが、行ってみて仰天!。大きな花は真っ白なのでした。色とりどりの華やかなお花たちに囲まれて リベルタの花はカサブランカ、ゆり、トルコキキョウ、グラジオラスが生けられ大きいが全体が真っ白・ひっそり・・・・。

 花屋さんはそれなりの理由を述べていたが流行の先端はまだ、この地域では早い。クラブの会員や会長さんも「場所を間違えたかと・・」思ったようだ。花屋さんもガッカリ!、私もガッカリ、主催者もびっくり?今回の教訓は”新たに挑戦する”時は価値観を共有すること、相手に理解をしてもらうにはここをしっかりと押さえておかなければ”独りよがり”になり、成功の道は遠いということだった。